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こんな大学1年生は滅多にいないはず。
アウロラの万年筆にル・ボナーのペンケース。

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毎日尿酸値と中性脂肪を下げる薬を飲んでから通学。
飲み会に間に合わせるために正門にタクシーを呼びつけておく。
守衛さんに「先生!タクシーはこちらです。」と案内される。
胃カメラでの検査を受けてから授業を受ける。
授業が終わったら疲れを癒すために鰻で一杯飲んで帰る。
授業と授業の間に学校を出て鰻を食いに行く。
老眼鏡を忘れてレジュメも自分の書いた字も読めなくなる。
一夜漬けると忘れてしまい当日の朝に覚えたことしか答案に書けない。
「皆さんが生まれる前のことですが、私は中学2年生だったのでハッキリ覚えています。」と先生が阪神淡路大震災のことを取り上げたが、その時既に一児の父だった。
そんな
関西学院大学教育学部1年生 武部 健也

先日関西学院大学で授業を受けてからゲスト講師として招かれて武庫川女子大学へ行きました。
その後会社で仕事をしましたので、その日は学生→講師→代表取締役と楽しい一日になりました。
武庫川女子大学では2年ぶりに「本を編む」(https://www.d-wa.co.jp/weblog/2016/06/post-246.html)の授業に参加させていただき、学生たちに印刷と造本について話をさせていただきましたが、その後に受けた質問が大変鋭く文字文化や紙媒体の将来、技術革新の動向や社会が求める人材等に話が及び、私も興奮気味に一所懸命答えさせていただきました。
そこで私が学ぶ関西学院大学教育学部の現状を思い起こしたときに大変悲しい気持ちになりました。

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私が履修する科目の一つを担当されている京都の大学の先生が、学生に向かって教員を志望する者の挙手を求めました。
挙手した学生が50%を切っている状況を確認すると、
「ホッとしました。あなたがたのように学ぶ姿勢を持たない者が、人の一生に深く関わる教員という職業を目指していないことに安堵しています。」
と。
さらに
「私がメインで教鞭をとる大学の偏差値は関西学院大学より低いかもしれませんが、教育学部の学生の授業態度においてははるかに関西学院大学を上回っています。」
私も幾度か私語をやめない学生を注意することがありますが、関西学院大学教育学部教育科学コース1年生が履修できる科目の多くの授業は全く不適切なものだと言わざるを得ません。
他の学部他のキャンパスの実態については聞き及ぶ限り大差ないようですが、私が体感している上記の科目においては高等教育の現場と呼ぶには全く適さないものであります。
私が文部科学省の人間なら即刻補助金・助成金支給を停止したいと思いますし、一納税者としても大変腹立たしいものです。
ハッキリ言いましょう。
指定校推薦・スポーツ推薦を全面的に否定します。
他の大学は知りませんが、関西学院大学には指定校推薦・スポーツ推薦による入学者のための受け皿がないのです。
躾・最低限の基礎教育を受けていない者を受け入れる環境が整っていません。
つまりリベラルアーツ系学部や体育学部・スポーツ科学系学科が無いにも関わらず入学させるものですから、文系学部に適当に振り分けているに過ぎません。
そんな学生と教員を目指したり、教育行政等を学び教育関連の職業に就きたいという欲求を持った学生が同じ授業を受講する訳ですから、モチベーションの高い学生にとっては悲劇でしかありません。
許されるなら一度授業をご覧になってもらいたいものです。
文部科学省の役人の方、関西学院の理事の方、ご子息・ご息女を関西学院大学教育学部で学ばせようと考えておられる親御さん、私が書いていることが大げさなものではないことが分かっていただけると思います。
「関西私大の雄」と呼ばれた頃の関西学院大学の面影はもはやありません。
関西学院大学の卒業生だと言うことが憚られる時代がすぐそこに来ていると思います。
もちろん、全学生がダメだと言っているのではありません。
将来のビジョンをしっかり持って学んでいる学生、将来はまだ見えないがその時に備えて様々な場面で学んでいこうとする姿勢を持った学生もいます。
ただ高校の進路指導の先生から「お前、関学の教育学部な。」と言われて来ている学生はほとんど邪魔なものとしか呼べないのです。
少子化が進行している現在の日本において、学校法人の経営は大変難しいことかもしれませんが、人を育てるという尊い事業を目的とした法人だからこそ多額の税金が私学助成金として支給されるのでしょう。

もちろん素晴らしい先輩や学友もいますので、その話についてはまた書きますが、決してその話と今回書きたい話が相殺されるべきものではないと思いますので、現状について怒りを込めて垂れ流します。
関西学院大学教育学部1年生 武部 健也

他の1年生の友だち(「友だち」って)より一足先に夏休みに入りました。
なぜ一足先かと言うと、彼らには今週土曜日まで語学科目等の試験があり、今頃は試験勉強中なのです。
私は約30年前に関西学院大学社会学部で取得した単位の一部が認定され、語学や体育総合等の必修科目の一部の履修が不要になりました。
そのため一足先に夏休みに入ったのです。
夏休みと言っても普通の学生の夏休みではなく、出社・出張に加えて兵庫県印刷工業組合の仕事などがありますので、遊び惚けている訳ではないのですが、定期試験が終わった木曜日の晩からは毎晩深酒をしております。

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さて、50歳の大学生の1年目半期が終わった訳ですが、なかなか濃密な3か月でした。
当初同じ教室で学ぶ学友たちが、学びの姿勢を整えていないことに怒りを覚えていたので、そんな私の気持ちが伝わるのかなかなか話しかけてくる学生はいませんでした。
もちろん1年生だけでなくそれ以外の学年の学生や、先生たちもこのおっさん学生にどのように接していいのか分からない、そんな感じで2か月くらいが経ちました。
「どうやらあのおっさんは先生やなくて、1年生の学生らしいで!」という雰囲気になった頃、一緒に飲みに行った3年生の先輩たち(彼らは成人しているので無問題)が私のことを良く言ってくれたようで、他の3年生の先輩たち(何度も使っているが、「先輩」って)からも声を掛けられるようになりました。
彼らは実習等で忙しい中、来年の就職活動へ向けて色々悩んでいるようで、私のようなおっさんから何かヒントでも得られるかもしれないと考えているようです。
彼らにとっては彼らのゼミの先生より年上の後輩は、大いに興味をそそられる存在なのでしょう。
他の学部や他の大学なら学生の多様化も進んでいるのでしょうが、関西学院大学教育学部においては私のような存在はまだとても珍しいのです。
機会を見つけてまた彼らと一緒に飲みながら語り合いたいと思います。
彼らの悩みの解消の一助になるかもしれませんし、私にとっては現在の教育の課題が掴める会になるかもしれません。
そうならなくても楽しい時間になることは間違いないでしょう。

現在の教育の課題と言えば、そのことについて研究する科目を履修していましたが、その科目を履修している学生は私一人でした。
そうです、先生と私マンツーマンでの90分の授業でした。
私より一つ年上の先生との90分は本当に濃密で為になる時間で、その上毎回かなり難易度の高い課題を与えられますので、授業時間以上の予習時間が必要でした。
現代の教育の問題点を探るときは社会全体の過去と現在に深く絡み合いながら考察し、解決法は未来と深く絡み合いながら考察しますので、本当に立体的に考えることを学修しました。

生まれて初めて「学びたい」という欲求をもって学校へ通う日々は刺激的で充実したものでした。
同学年の学生たちも私に話し掛けてくるようになり、色々なことを話しながらお互いに刺激を与え合う関係になりつつあります。
秋学期以降は自分の学びと共に周囲への好影響を意識しながら過ごしていきたいと思います。

入学してから買ったものは、学習机と手元・少し先・黒板の遠中近対応眼鏡。
入学してから気付いたことは自分の記憶力の衰えと、健康診断での問診時に服用している中性脂肪と尿酸値を下げる薬のことを伝えた時の先生の半笑いの口元から自分の年齢。

春学期最終日「さようなら!」に守衛さんは「お疲れさまでした!」。

関西学院大学教育学部1年生 武部 健也

さぁ2018年春学期も盛り上がってまいりました。
私の一度目の学生時代は前期・後期という呼び方をしていましたし、通年の科目がほとんどでしたが、今では春学期・秋学期という呼び方ですし、ほとんどの科目は半期2単位となっています。
そして今は期末レポートや7月16日から始まる定期試験の準備で大変な日々を過ごしております。

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さらに基礎演習ではグループワークがあり、娘と同い年の学生3人と共にテーマ設定をし、再来週の発表への準備に追われています。
そんななか、先日先輩3人と飲みに行ってきました。
先輩たちは成人していますので堂々と西宮北口の焼き鳥屋さんで飲みました。
彼らは3人ともそれぞれ進路を深く考えています。
彼らは全員初等教育コース、つまり基本的には小学校の教員を目指すコースなのですが、小学校教員を熱望するハンサム、一般企業への就職と小学校教員への道の両方で悩むイケメン、一般企業に就職して社会経験を積んでから小学校教員になりたい男前の3人です。
本当に真面目に熱心に自分の将来や自分の役立ちについて考えています。
そして素直に50歳の私の意見に耳を傾けます。
もちろん私も真剣に彼らと向き合うのですが、これが本当に気持ちいい!涙が出そうなくらい気持ちいいのです。
そう、気持ちいいのです。

入学直後かなり多くのことに気が滅入り、ネガティブなことを書いてきましたが、彼ら3回生の先輩との会話に本当に救われた思いです。
そして、今の私の同級生たちもどんどん成長していくのでしょうね。
楽しみになってきました。

彼らと飲んだ後、何人かの3回生たちに声を掛けられるようになりました。
「いつか一緒させてください」と。
嬉しいねぇ、こちらこそだよ。
そろそろ私を異物としてとらえなくなった学生が増えてきた関西学院大学教育学部は良くなるんじゃないでしょうか。
こんなおっさんを取り込むことも多様性を重んじる現代には必要だと思います。
そんなことが自然にできるようになれば私を入学させたことも大学にとってはプラスになるのではないかと思っています。

そうそう基礎演習の先生は私の2,3年上だと思っていたのですが、私の1つ年下でした。
しっかり学問を身に付け知的に話す人は年上に思えるのですね。
私には知性が無いので、もしかしたら同級生のみんなは私のことを同い年だと思っているかもしれません。
来週みんなに私が50歳であることを伝えた方がよさそうですね。
でも守衛さんは相変わらず私に「お疲れさまでした」と言う。
当番制で4人くらい交代しているのにみんな「お疲れさまでした」と言う。

さ、レポートの続きをやろう。

関西学院大学教育学部1年生 武部 健也

早いものでまた1年が経ち、あれから14年が経った。
兄貴が死んだのは奴が42歳の誕生日を目前にした14年前の今日だった。
私は今年51歳になる。

IMG_7550.jpg今朝墓参に向かう車中で聞いていたのは私が自身の葬儀のBGMに使ってもらおうとしている曲たちだ。
毎回の墓参の行き帰りはこのプレイリスト「funeral」なので、我が子たちよ、忘れるでないぞ!

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本来なら2限の授業も仮に履修登録しているのだが、授業の内容と進め方にクレームをつけたところ、先生も私に履修して欲しくなさそうなので今日は墓参と早昼を優先した。

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毎年この日にはblogを書くことにしているが、まさか大学のキャンパスで書くことになるとは。
これは伸也も想像できなかっただろう。
昨年の自分も想像していなかったのだから。
さ、授業行こ!

入学式から3週間が過ぎました。
最初の1週間のジロ見・ガン見・二度見の視線からはかなり解放され、授業も3週目を迎え4限が休講になった今、少し振り返ってみたいと思います。
驚くこと、楽しいこと、腹立たしいこと、嘆かわしいこと、いっぱい色々感じた楽しい時間でした。
まず入学式ではお決まりのように複数の職員の方々から「あ、保護者の方はこちらです。」と後方に誘導されました。
新入生を熱心に勧誘する各クラブの部員たちも私には当然声を掛けませんが、何故か拳法部の子が勧誘の声を掛けてくれました。 入部するって言ったら入れてくれんのかなぁ・・・。

IMG_7438.JPG そこからの1週間はガイダンス等で担当の方々から色々な説明を受け、ポンコツ気味の頭は悲鳴を上げていました。
そんな中、軽く会釈を交わした女の子はその隣の女の子に「何コース?、あ一緒や!LINE交換しよっ、インスタは?フォローしよっ!」その後で「名前何て言うん?」って。
僕はビックリしたなぁ。
名前聞く前にデジタルで先に繋がるんや。
ま、そこから驚くのは男の子も女の子も群れる群れる。
おっさんが孤立するのは覚悟の上でしたが、ここまで大学生が群れるとは思っていなかったので、少々驚きました。
ま、これからクラブやサークル、バイトとかそれぞれの世界が広がってどんどん散らばっていくのでしょうから、その様子も見ておくことにします。
また、教育学部なので基本的には教育の場に身を置こうと考えている学生が多いと思うのですが、私語やペン回し失敗でペンが落ちる音が多かったり、帽子をかぶったまま授業を受ける大学生がいたりと驚きの連続でした。
これでいいのか?関学教育学部!
授業を受ける側にも確かに問題はありますが、授ける側にも問題があるんじゃないかと思います。
中には自分のゴリゴリの思想を学生にゴリゴリ押し付ける先生もいるのです。
学生はニュートラルというよりゼロの状態でこれを受け取っているようなので大変心配です。
あまりにも目に余るようでしたら、何らかのアクションを起こそうと思っています。
実際に既にアクションを起こしてしまっている部分もありますが・・・。
そんなこんなで私、現在の高等教育の問題を考えながら自らも学んでいこうと思っています。

少なくとも週に1回は出社して仕事しておりますので、一応両立させております。

Blog→Facebook→Twitter→Instagramと若者がどんどん文章を書かなくなることは嘆かわしいですが、いい加減な情報発信するくらいなら、Instagram→0となることを望みます。
私はこれから学びを深めることでもう少しマシなことが書けるようにしますので、私の成長を見守ってください。
皆さんと教育や人・国・世界の未来を考えていけたらと思っています。
関西学院大学教育学部1年生 武部 健也

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2009年2月9日21時過ぎに親父が死んだ。
その頃私は一人で呑気に飲んでいて、鞄に放り込んだ携帯電話を手にしたのは23時頃だった。
おふくろをはじめ家族の何人かからの着信履歴に何かが起こったことは気付かされたが、親父が死んだとは思わなかった。
おふくろに電話すると、「9時30分過ぎに亡くなりました。どうせ飲んでるんでしょ?タクシーで来てください。もうみんな揃っています。」と冷ややかな声。
あれから9年か。

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今日もフラフラ飲みに行くとするか。
あ、親父、学費って高いな。
ようけ払わせてゴメンな。

弊社の創業者である私の祖父は起業する前、高等学校の教員をしていました。
その関係もあって、現在でも学校をはじめ多くの教育機関のお得意様に恵まれています。
しかしながら私は教育について学んだことがないため、教育に対して正しく問題意識を持ったり、その解決法について考察することもできていません。
近年、多くの新卒の若者を社に迎え入れては、一人前に育てる前に去られていくということが頻繁に起こるようになってきました。
それを社会に出る前の躾や教育のせいにするばかりではいけないと思ってきました。
そして自分を取り巻く環境、少し目線を上げてこの業界の将来、さらに目線を上げてこの国の将来を考え、「教育」の重要性をさらに強く感じるようになりました。

「教育」について学びたいという欲求が高まった今、50歳を迎える今、娘が大学に進学する今、社業に後継者を得た今こそがその時だと思い、関西学院大学教育学部教育科学コースを受験しました。

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今日、合格発表があり来春から大学1年生として学びをスタートすることになりました。

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教育理論・教育行政について学び、教壇に立つというより教壇に立つ人を支える立場を目指し、教育のあり方を追求したいと思います。

保護者と間違われながら試験会場に入って、高校生と一緒に受けた9月12日の一次試験。
英語論述審査60分・課題小論文審査90分の短さはポンコツ気味の脳みそには大変でした。
9月22日東京出張時にネットで確認した一次試験合格発表は本当に嬉しかった。
10月7日の二次試験は高校生3人と一緒のグループディスカッションと個人面接。
そして今日の合格発表までの1ヶ月間は受験生生活を堪能しました。

9月11日、急だけど休みが取れたので飯行かないかと誘ってくれた元プロボクサーの村井勇希君、予定があると言って断ってゴメン。
あれは嘘だった。
あの日は予定がなく、翌日が一次試験だったから行けなかったんだ。
許してくれ。

将来、私を文部科学大臣に任命する内閣総理大臣が現れることを祈りつつ。

しかし大学で教えている同級生もいる今、また大学生を始めるとは人生分からんもんやなぁ・・・。

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今朝、携帯電話に届く物騒なニュースに起こされた。
この日は毎年社業を見守ってくれるよう手を合わすが、今年は世界を平和に導いてくれることも念じた。

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うちのじいさんにそんな力があるかは分からないけど。
弊社創業者である祖父の29回目の命日。

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あれから干支が一回りした。
あの日も今日みたいに晴れて暑い日だったことを覚えている。
5歳違いの兄貴より6つ半上になったけど、どういう訳か常に5つ上にいる感じがする。

12年前、みずおかさん俊一さんが参議院議員選挙に立候補された。
みずおかさんには立候補の前から兄弟揃って親しくしていただいていたので、兄貴も後援会活動等熱心に応援していた。
ところが投票日約2ヶ月前に兄貴が突然逝ってしまった。
急に社業の責務が重くなった私を気遣い、みずおかさんは後援会の兄貴の役職について私に引き継がなくてもいいとおっしゃってくださった。
しかし私自身もみずおかさんを応援したい気持ちが強く、兄貴の分も引き続き応援させていただくことにした。
当選後すぐに線香をあげにきてくださったみずおかさんのことを私は勝手に同期だと思っている。
みずおかさんの参議院議員としての12年と私の代表取締役としての12年。
今年みずおかさんの3回目の選挙がある。
現在のところかなり苦戦している状況なので、私も全力で応援する。
国政の場で奮闘されているみずおかさんの姿に励まされ、社業・業界の発展に力を注ぐことができている私は、みずおかさんをどうしても国政の場に送らなければならないのだ。

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とても濃密な12年間だった。

兄貴とは公私に渡り仲が良かったが、この12年の間にどうなっていたか分からない。
もしかしたら事業の方向や経営の方針でもめていたかもしれない。
命日に発売されたこの雑誌を兄貴はあの世からどんな気持ちで読んでいるのだろう。

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