2019年5月アーカイブ

ぼくには二人お兄ちゃんがいました。
二人とももうこの世にはいません。

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上のお兄ちゃんのことを「大きい兄ちゃん」二番目のお兄ちゃんのことを「小さい兄ちゃん」と呼んでいました。
正しい発音は「おっきぃいちゃん」「ちちゃいいちゃん」です。
これを上手に言えるのは家族でぼくだけでした。
当たり前ですよね、そう呼ぶのはぼくだけですから。
おっきぃいちゃんとは5つ、ちちゃいいちゃんとは2つ歳が離れていました。
歳が近いちちゃいいちゃんとはよくケンカをしましたが、遊ぶのもよく一緒で子どもだけで初めて外食した水道筋のたこ焼き屋さんもちちゃいいちゃんと二人でした。
ちちゃいいちゃんは勉強がとてもよくできました。
ちちゃいいちゃんが大学受験したときのことをよく覚えています。
当時共通一次試験というものがあって、ちちゃいいちゃんが受験する京都大学経済学部のボーダーラインは850点とされていたようです。
ちちゃいいちゃんは自己採点で851点だと親には言っていましたが、実は830点だったそうです。
浪人を覚悟して予備校の学費免除になる特待生試験にも合格していましたが、二次試験が終わった後こっそりぼくにこう言いました。
「数学5問中3問半できた。多分合格する。大逆転や。でもぬか喜びさせることになったらあかんから親には絶対内緒やぞ。」
何のことかさっぱり分かりませんでしたが、見事に合格したちちゃいいちゃんはさすがでした。
京都のちちゃいいちゃんの部屋にあった炊飯器を開けたときに見た美しい緑のカビ、北白川のバッティングセンターからの天一総本店、アメリカンフットボールの関京戦を観に行ったときベロベロになって関学を罵倒するちちゃいいちゃん。
色々思い出します。

あ、今日はおっきぃいちゃんの15回目の命日なのにちちゃいいちゃんのことばかり書いてしまいました。
ま、ええか。
墓参に行ってこよ。

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