フルコース
今日の私の昼食です。

代表取締役の昼食にふさわしくフルコースにしてみました。
スープ替わりの味噌汁、サラダ替わりのお新香。
昼頃帰社してくる営業マンのお陰で豊かな昼食です。本当は食べる前に撮影すべきでしたが、一気に食い尽くしてしまいましたので・・・。アメリカ産牛肉の輸入再開が待ち遠しいですが、それまでも吉●家さんは応援して行きたい気持ちです。
今日の私の昼食です。

代表取締役の昼食にふさわしくフルコースにしてみました。
スープ替わりの味噌汁、サラダ替わりのお新香。
昼頃帰社してくる営業マンのお陰で豊かな昼食です。本当は食べる前に撮影すべきでしたが、一気に食い尽くしてしまいましたので・・・。アメリカ産牛肉の輸入再開が待ち遠しいですが、それまでも吉●家さんは応援して行きたい気持ちです。
あるスポーツ選手が4年総額4,800万ドル(約56億6,400万円)で契約するというニュースがあった。
先日東京に家賃月500万円のマンションができるというニュースがあった。
年収500万円の人が家賃月10万円のマンションに住むということは、その選手にとっては家賃月2,800万円のマンションに住むと大体同じことになる。
ということは家賃月500万円のマンションにその選手が住むということは、年収500万円の人にとって家賃月17,857円のマンションに住むという感覚になるということか。
なんだかなぁ。ため息も出ない。余計な計算をしたもんだ。
をやってます。ある団体が主催するフットサルの大会(本格的ではありませんが。)があり、当社のチームは過去3年連続出場しています。成績は0勝2敗→1敗1分→1勝1分と着実に前進していますが、未だに決勝トーナメントに進んだことはありません。

昨秋の大会後から月に一度の練習を積み重ね、ほとんどがサッカー未経験者のチームですが、徐々に力をつけてきました。今年の大会は11/20(日)です。「優勝」に向け昨夜大会前の最終練習を終え、当日に備えているところです。
お遊び的大会の中にあって、ユニフォームをバッチリ揃えているところはうちくらいのもので、その点では間違いなく優勝でしょう。何でも格好から入る私らしく、その点はこだわっているのです。
来週ここで優勝報告を行います。
昨日のフットサル予選リーグ1勝1敗で決勝トーナメントに進めませんでした。2試合目、平均年齢が10歳くらい下の若いチームに2-3とは善戦したように見えますが、我々の力からすると勝てる相手だったと全員が思っていたため、餃○の○将での残念会では、不完全燃焼に終わったモヤモヤ感が漂っていました。しかし、そういう雰囲気が出てきたのもチームが成長した証ではないかと監督として少し嬉しく思っています。
早速来月から来年の大会に向けしっかり練習しようと思います。衰える体力に抵抗しながら来年こそ優勝します。本当ならここで決勝戦の模様のムービーをストリーミング配信しようと思っていたのですが、それも来年に持ち越しです。全身の筋肉痛と相手の膝が入った下腹部の痛みに耐えつつ、前向きに来年を見つめます。
帰ってからビデオで観たマイルCS。1着が「ハットトリック」2着が「”ダイワ”メジャー」。何だかなぁ。
鮭児って奴を昨夜食べました。1匹ん万円、1切れん千円するものです。ルイベで食べるとそれはそれは表現できないくらい美味なものでした。腹の方はマグロのトロよりも脂がのっているのですが、あっさりしているのです。しかし、焼いてみると大したことなく以前食べたことのある時知らずという鮭の方が美味しかったように思えます。ま、鮭児は再び食べることはないと思いますが・・・。
以前ソムリエをやっている友人に一度は最高のワインを飲むべしと言われたことがあるのを思い出しました。つまり彼はロマネ・コンティやペトリュス等を一度飲んでみると「ほんまもん」というのが分かる。その上で、コストパフォーマンスに優れたワインを探せと言うのです。でも1本ん十万円もするワインを開けることができるでしょうか?余程酔っ払っていないと無理でしょうし、そんな状態では味も分かるわけないでしょうね。それ以前に買うことができないでしょうが・・・。
とにかく最高の鮭を食べたのですから、これからは1切れん百円の良い鮭を探すつもりです。
それにしてもうちの親父も男らしいものです。昨夜鮭児を抱いて実家へ行き、「●●さんに1切れん千円で売りつけてきた。」と言うと「そんな、いやらしいことするな!全部俺が買ってやる。」と言ってくれ、私に代金をくれた上、鮭児の半身を持たせてくれました。女々しいことの嫌いな親父らしい行動です。もちろん、そう言ってくれることを期待、いや信じていたからこそ買った(立て替えた)のですが。
その鮭児にはこんな証明書が付いていました。

情報を発信することは大変難しいことです。しかし、情報を発信するところに情報は集まるということを身をもって体験する機会が多い私は、できるだけ情報発信するよう心掛けています。
当社は規模は小さいのですが、設備特に周辺機器が充実しているため、同業他社の方々がよく来社されます。その際も私は自慢げに全ての設備や当社が工夫しているところを見てもらい、同時に当社の得手不得手、長所短所を出来る限り話すようにしています。そうすることによって感心してもらえたところには自信が持てますし、適切なアドバイス等をもらって軌道を修正することもできます。それが当社の大きな財産になっているのです。

これは芋焼酎です。銘柄が分かる人もいるでしょうが、入手しにくいものですからこれ以上難しくならないように、ここではできるだけ分かりにくくしておきます。それが今私の手元に2つあります。私がこの焼酎が大好きであると日頃言っているため、メーカーの方が九州へ出張するとお土産にくれます。H社さん、A社さんありがとう。
情報を発信するとこんないいこともあるのです。
結構私は保守的で、同じモノを持ち続けたり、同じことを繰り返すのが大好きである。DVDで同じ映画を何度も観るし、良かったドラマは再放送でも観てしまう。CDを買うアーティストも何組かに限られているし、同じ作者の本しか読まなかったりする。一度万馬券を取ったときにアテにしたスポーツ新聞の競馬記者の予想を頼りにし続けるし、毎朝の星占いは同じチャンネルのものを信用している。
飲み食いに関しては特に顕著で、以前中央区にオフィスがあった頃、火曜日のその店の定休日以外毎日同じ中華料理店でほぼ同じメニューの昼食を取っていた。晩飯に三宮へ出ても行くところはほとんど同じ、飲みに行くところもやっぱり大体同じ。そうすると少々の無理を聞いてくれたり、融通をきかせてくれたりするのでますます居心地がよくなり、足が他に向かなくなっている。

この季節は特に風邪予防の意味もあり、昼下がりにビタミンCとクエン酸を取るようにしている。これもずっと続けている。
しかし、私の性格を最も如実に表しているのは、知り合って約20年、結婚して14年以上になるかみさんを未だに持ち続けていることだろう。
情報発信も重要だが、情報の共有というのも大変大事なこと。
当社は創業から57年を超えているが、現在の常勤正社員の平均年齢は30歳台の前半である。そのため新しい技術に対する抵抗感もないし、色々なことに前向きに取り組むことができている。しかし、先達が残してくれた職人技や経験に基づくノウハウをしっかり引き継いだ上に新しいものを積み重ねなければ、地に足の付いたモノ作りなどできるはずもないと考えている。

社内での情報の共有化を手助けする意味で社内イントラネット上に掲示板を設けている。ここにはセクション別の板や、業務内容別の板、また雑談の板があったりする。それぞれに数多くのスレが立ち、たくさんのレスが付く。中には顔の見えない匿名の書き込みではないかと思ってしまうくらい辛辣な書き込みや、読んでいると冷や汗が出そうなくらい激しいやり取りもある。しかしそれらは仕事に対し真摯に取り組んでいるからこそのものであるから、大変心強い。
またこれらの情報は現在の当事者はもちろんのこと、今は直接的には無関係であっても将来関係してくる可能性のある社員にも大変有意義であるし、まだ見ぬ未来の新入社員にとっても大切な情報の宝庫になることは間違いない。
お客様の情報発信のお手伝いをさせていただいている我々にとって、情報の扱いの巧拙は死活問題であると考えているのでつ。
情報発信も重要だが、情報の共有というのも大変大事なこと。
当社は創業から57年を超えているが、現在の常勤正社員の平均年齢は30歳台の前半である。そのため新しい技術に対する抵抗感もないし、色々なことに前向きに取り組むことができている。しかし、先達が残してくれた職人技や経験に基づくノウハウをしっかり引き継いだ上に新しいものを積み重ねなければ、地に足の付いたモノ作りなどできるはずもないと考えている。

社内での情報の共有化を手助けする意味で社内イントラネット上に掲示板を設けている。ここにはセクション別の板や、業務内容別の板、また雑談の板があったりする。それぞれに数多くのスレが立ち、たくさんのレスが付く。中には顔の見えない匿名の書き込みではないかと思ってしまうくらい辛辣な書き込みや、読んでいると冷や汗が出そうなくらい激しいやり取りもある。しかしそれらは仕事に対し真摯に取り組んでいるからこそのものであるから、大変心強い。
またこれらの情報は現在の当事者はもちろんのこと、今は直接的には無関係であっても将来関係してくる可能性のある社員にも大変有意義であるし、まだ見ぬ未来の新入社員にとっても大切な情報の宝庫になることは間違いない。
お客様の情報発信のお手伝いをさせていただいている我々にとって、情報の扱いの巧拙は死活問題であると考えているのでつ。
私はこの会社の創業者の孫として生まれた。その後社長の息子になり、社長の弟になり、社長になった。中学校からエスカレータ式の私学に通い、全く勉強せずに高校・大学とギリギリで滑り込んだ筋金入り・無添加・純粋・正真正銘のバカボンである。しかも大学在学時に休学し、アメリカで留学と称する遊びに1年も費やすことを許された自他共に認める紛れも無い本物のバカボンである。
しかし、そのバカボンも38歳になり、父親になり社長になった。そのままバカ親はもちろんバカ社長になってはいけない。幸い学生時代に脳みそを使わず新品のままおいておいたので、今でも新しいことを吸収することができている。(はず)
間もなく社長になって2回目の正月を迎える。来年はこの新品の脳みそを活用し、しっかりと自分らしい社長になりたいと思っている。バカボンであり続けることができた過去に感謝しつつ精進し成長したい。そう、バカボンは過去のものにしなければいけないのだ。それでいいのだ。
あけましておめでとうございます。
今日から今年の会社の業務が始まりました。約一週間の正月休みで確実に成長した腹回りを見ながら、38歳にしてよくも一週間でこれだけ成長できるものだと感心しています。
以前は一年があっという間に過ぎていくことを悲しんでばかりいましたが、この立場になると早い時間経過を喜ぶようになりました。無事に会社を一年続けることができたことと、借入金の返済期間が一年縮まったことを心の底から喜ぶようになったのです。もちろん何もしないで時間だけが過ぎて行ったのではありません。一日の積み重ねが一週間になり、一週間の積み重ねが一月になり、そして一月の積み重ねが一年になったわけですから、振り返ると濃く重い時間がそこにあったわけです。1時間が3,600秒であること、1年が365日であることは私にも平等に与えられた事実です。もがきながらも私なりに精一杯この一年を走り続けたいと思います。
「この会社に仕事を頼んでよかった」とお客様に思っていただき、「この会社に入ってよかった」と社員に思われることが私の使命だと思っています。そのため今年は「人にやさしく」をテーマに何事にも厳しく取り組んでいこうと思っています。
「おーい、おばはん、刷り上ったぞ!」という口の悪いベテラン印刷職人の声で製本作業台の上で寝ていたおばちゃんが動き始める。おばちゃんは刷り上ったA全判の紙の山の前に立ち、右手の親指と人差し指で紙の端をつまみ手首を少し返す。すると紙は美しく扇型に広がる。左手の親指をペロっと舐めたおばちゃんは紙を5枚ずつ数え始め、50枚ごとに互い違いにずらしていく。あっという間に作業を終えたおばちゃんは自分の場所である作業台に戻り、寝る前に吸っていたセブンスターのシケモクに火を付ける。
私は小学校高学年から毎年春休みには社会見学を兼ねた納品の手伝いでこの会社に出入りしていた。その頃からおばちゃんはおばちゃんだった。ちっちゃなおばちゃんは昼休みにはやはり作業台の上で昼寝をしていて、1本のセブンスターを何度かに分けて吸っていた。仕事の合間にはよく昔話を話してくれたが、私が入社した後の昔話は必ず「あんたはおじいちゃんによく似てる。」で終わった。震災の2年位前に引退したおばちゃんはその後会社に顔を出したことは無い。今どこにいるのかも分からない。
昨日、建て替え前の社屋にあったおばちゃんの作業台辺りでほうきを持っている私がいた。じいさんがよく会社のあちらこちらを掃除していたことを思い出した。掃除しながらおばちゃんの言葉も思い出していた。この新社屋を一番見てもらいたいのはじいさんだが二番目はおばちゃんだ。
おばちゃんがいたところには今昨年末導入した新しい製本機がある。

革バカのおやじを知っています。
数年前財布を買い替えたかった私は色々なショップを見て回りましたが、気に入るものがなく、ようやくネット上で見付けた鞄職人と称する人が作った財布を買ってはみたもののとても満足できるものではありませんでした。仕方なくそれを使いながらさらにネットで探していると、あるサイトの一部で少しだけ紹介されている鞄工房が六甲アイランドにあるという情報に出会いました。近いという理由だけですぐにそこを訪れてみると、そこに置かれていた財布は完璧に私が求めているもので、まるで私のためにオーダーメイドされたもののようでした。あまりに嬉しく、そこにいたおやじに話かけるとそのおやじは初対面の私に延々と革の話をするのです。しかしおやじが口にするブランドのほとんどは私にとって初めて聞くものばかり。それもそのはず、話に出てくるブランドは鞄のブランドではなく、革のタンナー等の会社、つまり革そのもののブランドなのでした。
そんなおやじのところにちょくちょく顔を出させてもらうようになって、少しずつ身の回りがおやじの作品で占めるようになっていったのですが、私が行くとおやじは私の靴を見て「いい靴ですね。」と言うのではなく「いい革ですね。」というのです。ある日、購入を検討している車のカタログを私に見せ、どっちがいいと思うかを尋ねてきました。しかし、片方はバリバリのスポーツカー、もう片方は思いっきりファミリービークル。車の種類の違いに唖然としつつ何故この2車が候補になっているかを逆に尋ねると、シートの革で車を選ぼうとするのです。これを革バカと呼ばずに何と呼べばいいのでしょう。
私は印刷物だけではなく情報発信のための様々なメディアに関わる仕事をしています。私は情報バカ・メディアバカでしょうか?
1年以上前から新しい財布を作ってくれるよう頼んでいるのですが、全く手を付けようとしてくれません。最初は忙しくなってきてなかなかたどり着かないんだと思っていましたが、最近になって数年使って艶が出てきた私の財布が引退することを惜しんでいるのではないかと思えるようになってきました。商売より自分の作品が長く愛されて使われることを選ぶ人だと思うのです。
今私が使っている財布は本当に素晴らしいものですが、一つだけ重大な欠陥があります。それは入れていたはずのお金があっという間に消えてなくなることです。これを修理してくれたら私はおやじをバカ呼ばわりしません。神と呼ぶことになるでしょう。
今日おやじに泣かされました。
http://www.kabanya.net/weblog/
がいい私。以前かみさんについて書いたら、かみさんから嫌味たっぷりの感謝メイルが来た。
でもやっぱりモノ持ちがいい私はどこかでもらったビニール傘を錆びて破れるまで使い続ける。飲みに行って途中で雨が止んでいても忘れたことがない。昨年末穴だらけになり、もう雨から私を守れなくなったため、断腸の思いでお別れした。
タバコを止めようと思った2002年からライターにガス・オイルを入れることを止め、その代わりどこかでもらった100円ライターを使うようになった。どれだけ酔っ払っていても忘れることはない。タバコを1カートン買う度におまけでもらえるので、私の手元には100円ライターが増えていく。
止めようと思ったタバコも未だに吸い続けてしまっている。この習慣だけは持ち続けるべきではないと思っている。昨日社員に指摘され、禁煙を促された。分かっている。でもここで禁煙宣言する勇気はない。もう少し猶予期間が欲しい。ストレスなく自然にタバコとお別れしたいと思っている。少しの間別れを惜しませて欲しい。少し・・・、しばらく・・・。

会社の窓からの景色です。目の前の橋は10数年前に完成した「東神戸大橋」という阪神高速道路湾岸線の橋です。工事中左右から少しずつ伸びて出来上がっていく様子を同じ場所から写真に撮り続けていました。施工されていた会社が偶然当社のお客様で、その写真を差し上げたところ自分達の仕事を見守っている人がいると大変喜んでいただいて、開通前に撮影者である私の親父と発案者である私を橋脚のてっぺんに招待してくださいました。それはそれは素晴らしい景色で、二度と見ることができないだろうという思いも合わせて大変感動したことを覚えています。ただ、下を工事関係車両が通る度に揺れることと後頭部で光る航空機用のフラッシュライトの光の強さには恐い思いをしましたが。
残る仕事っていいですよね。我々の作る印刷物は何百年にも渡って保存された実績のあるメディアです。携わらせていただく仕事に対して常に「残るもの」という意識を大切にしていきたいと思います。全ての仕事に対して「良いもの」を作りたいです。心からそう思います。そう思わせてくれた人やモノとの出会いに感謝しながら「良いもの」を作るプロの集団である会社にします。禁煙はまだ宣言できませんが、このことはここで全世界に向けて宣言します。
あれだけモノ持ちのよさを自慢したと思ったら、やってしまった。
3日前、4軒のはしごを終えてすっかりベロベロになった私。それでもいつものようにしっかり傘は忘れずに持っていた。さすが俺。帰りのタクシーにも当然傘は忘れずに持って乗った。さすが。なのに降りるときにほんの一瞬気が緩んだのか、持って降りるのを忘れた。俺としたことが、信じられない・・・。直後に気が付いたが、その時にはタクシーのテールランプは小さくなっていた。それを見送りながら家の前でしばし呆然。ショックだ。
その傘はクレジットカードのポイントを貯めてもらった傘職人の手作りの傘で、皇室の方々も愛用されている大変素晴らしい傘だった。滅多にさすことは無かったが、使った後はしっかりと陰干しをしてマニュアル通りに大切にしていた。なのに・・・。
やはり俺にはビニール傘がお似合いなんだな。
私の名字に「武」の字が含まれています。幼い頃親父が名字の「武」の字を人に説明する時に「武士の武」と言っていたのを聞いたので、私は先祖が武士だったに違いないと思っていました。ところが随分経って先祖が武器を作っていた人なんじゃないかという話を聞き、同時に昔刀鍛冶だったことの可能性が高いことを知り、少しガッカリしたものです。もちろん刀鍛冶も立派な職業なのですが、武士だと思い込んでいて友達に自慢していたものですから少し恥ずかしい思いをしました。
最近私と同じ名字の人がテレビに頻繁に出てきますし、街でも大変話題になっています。鈴木さんとか田中さんだったら同じ名字の人に出会ったり、テレビや街中で同じ名字の人が話題になってもそれ程気にならないかもしれないですが、私と同じ名字の人の話題を耳にする機会はほとんどないので、いちいち反応してしまいます。それもあまり良くないこと(真実は分かりませんが)で話題になったりもしますので、その度に嫌な気分になります。ま、それもしばらくの我慢でしょうが。
イラチの私はテレビを観ていてもCMになるとすぐチャンネルを変えてしまいます。車の中でFMを聞いていても、気に入らない曲だと局を変えまくり、好きな感じの曲に会えないとCDに変えてしまいます。1ヶ月ほど前の朝FMから聞き覚えのある曲が流れてきて何故か耳に残っていました。その2、3日後そのことを思い出してその局のwebサイトへ行くと、曲名とアーティスト名にたどり着くことができました。便利な世の中ですなぁ。
で、さらにそのアーティストをwebで検索するとその曲が書かれたのが1971年であること、その曲が含まれるアルバムが全世界で2,200万枚も売れたもの凄く有名な名盤であったことが分かりました。さらにそれが全米アルバムチャートで15週間連続ナンバー1、その後何と302週に渡ってチャートインし続けたこと、1971年のグラミー賞のベスト・アルバム賞、最優秀女性ボーカル・パフォーマンス賞、ベスト・シングル賞、ベスト・ソング賞の主要4部門を独占したことも知りました。そんな超が付く有名アーティスト・有名アルバムを38年間も生きてきたのに知らなかったことをとても恥ずかしく残念に思いました。
別にそんな心境ではないのですが、CDを買ってから「It’s Too Late」を200回以上は聞いています。
最近2時間ドラマの視聴率ってどうなってるんだろうって、最近2時間ドラマをほとんど観なくなった私が余計な心配をしていた頃に、新聞のテレビ欄に『少しは、恩返しができたかな』という2時間ドラマを見つけた。
泣けた。ひたすら泣けた。涙腺がゆるゆるになってきた私には強烈に入ってきて、体重が減るんじゃないかと思うくらいの涙が出た。そのドラマの中に病院からの帰り母と息子が二人でラーメン屋に行くシーンがあった。私の中学入試2日目を思い出した。試験からの帰り須磨の駅前にあった喫茶店でおふくろと二人でオムライスを食ったことを思い出した。おふくろと二人で外食したのは今のところあの一度だけだと思う。それ程美味かった訳ではなかっただろうが、あのオムライスは強烈に記憶に残っている。
少しは、恩返ししなきゃなぁ。
2年前に死んだ兄貴から以前ある仕事に誘われたことがあった。それは社屋のある六甲アイランドの二期埋め立て工事に関することだった。私は全く畑違いのその仕事に興味も自信も持つことができず、無下に断った。すると兄貴は本業を私に任せて埋め立て事業にのめり込んでいった。それから何年か経ったある日、どこかの大学教授が訪ねてきて埋め立て工事の現場を見たいと言う。そこで何人かの社員と一緒に初めてその現場を見に行った。するとそこには小船でたった一人動き回る兄貴がいた。しばらく皆で作業を見守っていると、その大学教授が「たった一人でしかもワカメだけでここまで埋め立てるとは素晴らしい。こんな素晴らしい仕事を私は見たことがない。」と感動の声を上げた。私はその姿を見て、協力の要請を断ったことへの後悔の念を抱くと同時にその素晴らしい仕事への感動の気持ちで熱いものがこみ上げてきた。何せ近くに生えているワカメだけで埋め立てて陸地を作っているのだから。
こんな夢をみて涙をボロボロ流しながら目覚めた私は相当疲れているのだろうか。夢占いのサイトには「兄がワカメで埋め立てる」は無い。
今日は兄貴の三回忌。あれから二年が経ったんだ。一年目の365日はとても早く感じたけど、この365日は450日くらいに感じる中途半端な長さだった。両年ともうるう年ではなく、間違いなく365日だったのだけれど、長さの感じ方は違うものだ。
先日家族で三回忌の法要を行ったとき、甥である兄貴の息子が形見の腕時計をしていた。時を刻むものが受け継がれていく様がとても嬉しかった。そういえば長く兄貴を慕っていたうちの社員に形見である別の腕時計をプレゼントしたのは昨年の今日。奴はベルト交換する金が無いという理由で、未だに一度もその時計をしていない。何て野郎だ。
今日私は何年も前から欲しかった時計を買う。機械式のその時計は表からその一部を見ることができ、正確に時を刻もうとする鼓動が伝わる。私は時計や車にはそれほど頓着が無かったのだが、周りに時計に関する薀蓄を何時間でもしゃべり続ける時計オタクが多く、次第に時計が好きになってきた。法要の際この話をするとおふくろが「やっぱりおじいちゃんに似てきたなぁ」と。祖父は大の時計好きだったらしい。確かに祖父の遺品に時計は多かったが、どれもさほど価値のあるものではなさそうに見えた。おまけに金色のものばかりで、いただいて使おうとは思えなかった。しかし、祖父の腕で時を刻んでいたものだと思えば、今のうちにいただいておいて金が似合う正真正銘のおっさんになってから使わせてもらうことにするか。
私は自分の人生が長いか短いかは知らない。生まれ変わることがあるかどうかも知らない。だから短く生まれ変わりの無いものと思っておいた方が無難だと思い、そのように生きているつもり。
かみさん名義の積立を潰して買う時計で、一年を365日と感じるしっかりと正しい時間を過ごしていきたい。
先週一週間このブログの更新を怠ってしまった。誰に対してって訳じゃないけど気まずいもんだ。大変忙しくさせてもらっていたというありがたい理由もあるのだが、何となく精神的に不安定な時期を過ごしていた。
ワカメで埋め立ての夢の頃からだろうか、やたら死んだ兄貴のことを思い出すことが多く、寝る時など自分の心臓も止まってしまいやしないかと不安になることも多かった。命日に兄貴と長い付き合いのあった人たちが集まってくれ偲ぶ会を開いてくれた。色々な思い出話をし、たくさんの人たちが兄貴の死を今でも悲しんでくれた。そんな中共通の友人がこの日のために一所懸命練習してくれ、兄貴が好きだった高中正義の曲をギターで弾いてくれた。感動した。そんなみんなの思いと、会社を引き継いだ私を支えようとしてくれる気持ちに打たれっぱなしの私の心だった。嬉しさや責任の重さが私を妙な精神状態にしていったが、仕事に影響してはいけないと思い続けていた。そう強く思えば思うほど、仕事から離れた時とても不安定な状態だったと思う。しかし、客観的に自分の状態を考えることに努めていたので見失うことはなかったはず。
先週兄貴の誕生日があり、奴の写真を持って会社の連中と飲み歩いた。その日に何故かもの凄く楽になった。どうせ毎年この時期には兄貴のことを思い出してこんな精神状態になるんだろうと思えた。早死にしたことはとても残念なことだけど、その分長く思い続けてやることができるんだと。何故かそう思えた。
いつもにも増して乱文だ。でもお構いなく公開してしまう。垂れ流し失礼。
一昨日フットサルの練習を4ヶ月ぶりくらいに再開した。全く動けない。そりゃそうだ。日頃摂生して鍛錬を積んでいるプロのアスリートでも年齢による衰えは避けられないというのに、普段会社の階段を何度か昇り降りするだけの人間が着替えただけで走れる訳が無い。それにしても酷いもんだった。さらに昨日も体が全く動かず、今も立ち上がる時には相当気合を入れないといけない始末。これで今秋の大会に優勝することなんてできるのだろうか・・・。いや、できる。馬も人間も年々ズブくなっていくもの。あのディープインパクトですら調教ではあまり動かなくなってきているが、本番ではキッチリ結果を残している。そう、我々もディープインパクトと同じなのだ。秋には彼も我々も勝利を掴む。さ、サッカーシーズンの開幕だ。
先ほど食べ終わった本日の私の昼食。久しぶりに代表取締役にふさわしくフルコースにした。

食べ終わった後に「幸せぇ~って何だっけ何だっけ♪」と口ずさむ呑気な昼休み。
営業部員が持って帰ってきたその時「アメリカ産牛肉輸入再開について日米が合意」のニュース速報。
いよいよ豚から牛へ・・・。待ち望んでいたその日が確実に近付いている。今までこの逆境の中頑張り続けた吉○家さんに拍手。
因みに持って帰ってきてくれた営業部員は貧しい学生時代に吉○家さんで白い飯と味噌汁だけオーダーして紅ショウガをおかずの夕食をとったことがあるらしい。その彼は今日特盛を食った。「社会人っていいなぁ」と思っていることだろう。
私は靴を磨くのが好き。と言っても人の靴を磨くほど靴を磨くことが好きではない。昼休みに自分の靴を磨いている。

高校生の頃お年玉を貯めたお金で少し贅沢なポストマンシューズを買って、それを毎日のようにピカピカに磨いて登校していた。当時キャンパス内に靴修理屋のおっさんがいて、意外にもそのオヤジの腕が良く、何度も底を張り替えてもらったりして大学生になってもその靴を履き続けていた。
その後その靴を履くこともなくなったが、どうしても棄てることができず引越しのたびにかみさんと口論になりながらも下駄箱の奥で隠居生活を送っていた。昨年大掃除の際その靴が発見され、その時にはカビも生えていたため断腸の思いでとうとうお別れした。寝不足の朝に棄てていいか尋ねられつい頷いてしまったことを今でも後悔している。
マメに靴磨きをしているが、これは完全に自己満足。私の足元を気に掛ける人などいる訳もない。ただ自分の足元がきれいであることでキチンとした気持ちになり仕事に向かえるのだ。
そう言えば、一人私の足元を気に掛けてくれる人がいた。鞄屋の革オタクのオヤジだ。彼は私の足元を覗き込み「いい革やなぁ」と言ってくれる。「いい靴やなぁ」って言えっちゅうねん!
私はスリーフィンガーである。今この時もスリーフィンガー。右手の中指と人差し指、左手の人差し指しかキーボードに触れていないのである。
初めてコンピュータに触れたのは1986年、今からちょうど20年前。入社後3年程は一日中コンピュータを使う仕事に従事していた。にもかかわらずスリーフィンガー。しかし、スリーフィンガーにしては入力スピードもそこそこ速く、ストレスを感じることは無い。ただ、人に文字入力している姿を見られるのは大変恥ずかしいのだ。先日大変小さなノートパソコンを購入した。これこそが完全モバイル仕様のマシンとほくそ笑み、ワイヤレス環境を整えていざ街へ繰り出しマクドナルド等でワイヤレスネットワークを駆使し、モバイル環境を体感しようと思うのだが、人前で右手の2本の指が「T」や「F」辺りのキーまで侵している入力スタイルを見せるのは非常に恥ずかしい。
以前社員に薦められたブラインドタッチ養成ソフトで練習して、美しい姿での入力ができるようになりたい。街に出るのはそれからだ。何事も格好から入る私にとってはとても自然なことだ。
さ、練習しよう。因みにこれを入力するなんてあっという間のことだった。何の問題もないのだが・・・。格好さえ気にしなければ。
先週水曜日の夜に私が憧れる人を取り上げたテレビ番組があった。私がその人を心から好きで、その人に関わるものを集め、その人が住んでいた家まで行ったくらいであることを知る人たちからその番組の情報が寄せられた。もちろん私は知っていたが、何人もの人が電話やメイルで知らせてくれた。
「焼酎」の時にも書いたと思うが情報を発信するところに情報が集まるということをあらためて実感した。
それにしてもこの時代にあの人が取り上げられるというのは大変嬉しいこと。私にとって雲の上の人だが、あの人に近い人が今の時代に現れて欲しいと切望する。
また「武相荘」に行きたくなった。

これは今朝会社での私の後姿。
先週末やってしまったギックリ腰。
今から4,5年前に初めて強烈なギックリ腰を患ったが、今回で2回目。初回の後も度々腰痛に悩まされていたので、牽引や鍼治療を受け用心していたのだが、油断した一昨日車の中の自宅の鍵を拾おうとしたとき咳をしてやってしまった。
重い荷物を持ち上げるときより、意外につまらないことで起こってしまうものだから皆さんもご注意を。
フットサルも大会に向けて練習の回数を増やそうとしているのに・・・。
このブログを始めて一年が経ちました。今日は私の39回目の誕生日です。本当は直接会うか電話でおふくろに伝えたいのですが、照れくさいのでここで言わせてもらいます。「39年前産んでくれてありがとう。兄貴のように親より早く死ぬという親不孝をしないように、あなたにもらった命を大切にしていきます。少なくとも私が50代に突入するまではしっかり見届けてください。」
パソコンを触れないおふくろがこれを読むことは無いのですが・・・。
で、このブログはこっそり始めたのですが、意外に多くの方々に読んでいただいているようで、恥ずかしい思いもあるのですが、やはり嬉しいものです。
先日あるお客様から「ブログは書くのが楽しいのか?コメント等の反応が楽しいのか?」と尋ねられました。私は「気恥ずかしい思いが強いですが、徐々に書くことが楽しくなってきました。ただネタに困ることもあり、それは辛いです。」と答えました。一応「社長のブログ」なんてことになっていますから、とんでもないことは書けませんので。「裏ブログ」を開設すれば?というご意見もいただきましたが、それはちょっと。
とにかくこれからも気軽に続けていきたいと思いますので、拙いこのブログにお付き合いくださいませ。
この一行は「読んでるよ」と声を掛けてくださった皆様お一人お一人のお顔を思い浮かべながら書きました。
さ、良い40歳を迎えるために30代最後の一年を頑張ろう!
一昨日の日曜日、今年で5回目の出場になるフットサルの大会がありました。昨年の同時期にも優勝を目指しつつ残念な結果になってしまった報告をしたのですが、今年も同じことになってしまいました。
1試合目は攻守ともバランスよく5-0で圧勝。午後に行われる決勝トーナメントに備えて用意していたおにぎりも役立つように思えました。周りを見渡すと以前よりも平均年齢の若いチームが多くなった印象はありましたが、中には女の子ばかりがキャーキャー言いながらやっているチームもありましたし、ジーンズのまま試合に出ている兄ちゃんがいるようなチームもありましたから、2試合目の相手次第では楽に決勝進出できるのではないかとチーム全員が考えていたと思います。
そうこうしているうちに始まった2試合目の相手の試合。我々はその試合を見ることができましたので、じっくり観戦をし分析を行いました。チームの平均年齢は我々より7、8歳は若い印象でしたが、力の差はそれ程あるようには感じられませんでした。もちろん楽に勝てる相手ではないと気を引き締めなおしましたが、勝てる相手だと自信を持って試合に臨みました。
しかし実際試合が始まってみると、下半身の重さやスピードで相手の方が一枚上で、序盤から防戦一方になる展開に。コーナーキック等から2失点し嫌なムードになりかけましたが、前半終了間際に1点を返し、大いに望みが持てる状態で後半を迎えました。
相手チームは1試合目に我々が下した相手に6点以上の差をつけて圧勝していましたから我々は勝つ以外に決勝トーナメントへの進出の可能性はありません。引き分けでもいい相手に対し、我々は必死の攻めを続けます。ボールが外へ出れば控えている選手が懸命にボールを追い素早くフィールドへ戻し、時間のロスを最小限に食い止めます。フィールドの中の選手も外の選手も鬼の形相で声を張り上げ、相手と時間と戦い続けました。しかし無情にもタイムアップのホイッスル。結局1-2のまま敗北となってしまいました。
結局今年も餃○の○将での食事は残念会となってしまいました。
でもスポーツって真剣にやればやるほど楽しいですね。今年もまた同じことを書きますが、「来年こそ優勝します」参加チームの中では1、2位を争うほど平均年齢が高いチームですが、真剣に優勝を目指します。
一昨日の日曜日、今年で5回目の出場になるフットサルの大会がありました。昨年の同時期にも優勝を目指しつつ残念な結果になってしまった報告をしたのですが、今年も同じことになってしまいました。
1試合目は攻守ともバランスよく5-0で圧勝。午後に行われる決勝トーナメントに備えて用意していたおにぎりも役立つように思えました。周りを見渡すと以前よりも平均年齢の若いチームが多くなった印象はありましたが、中には女の子ばかりがキャーキャー言いながらやっているチームもありましたし、ジーンズのまま試合に出ている兄ちゃんがいるようなチームもありましたから、2試合目の相手次第では楽に決勝進出できるのではないかとチーム全員が考えていたと思います。
そうこうしているうちに始まった2試合目の相手の試合。我々はその試合を見ることができましたので、じっくり観戦をし分析を行いました。チームの平均年齢は我々より7、8歳は若い印象でしたが、力の差はそれ程あるようには感じられませんでした。もちろん楽に勝てる相手ではないと気を引き締めなおしましたが、勝てる相手だと自信を持って試合に臨みました。
しかし実際試合が始まってみると、下半身の重さやスピードで相手の方が一枚上で、序盤から防戦一方になる展開に。コーナーキック等から2失点し嫌なムードになりかけましたが、前半終了間際に1点を返し、大いに望みが持てる状態で後半を迎えました。
相手チームは1試合目に我々が下した相手に6点以上の差をつけて圧勝していましたから我々は勝つ以外に決勝トーナメントへの進出の可能性はありません。引き分けでもいい相手に対し、我々は必死の攻めを続けます。ボールが外へ出れば控えている選手が懸命にボールを追い素早くフィールドへ戻し、時間のロスを最小限に食い止めます。フィールドの中の選手も外の選手も鬼の形相で声を張り上げ、相手と時間と戦い続けました。しかし無情にもタイムアップのホイッスル。結局1-2のまま敗北となってしまいました。
結局今年も餃○の○将での食事は残念会となってしまいました。
でもスポーツって真剣にやればやるほど楽しいですね。今年もまた同じことを書きますが、「来年こそ優勝します」参加チームの中では1、2位を争うほど平均年齢が高いチームですが、真剣に優勝を目指します。
あけましておめでとうございます。
正月が正月らしくなくなったと感じるのは私だけでしょうか?
おっさんになっただけなのかなぁ。何だか正月らしさを感じなくなってしまいました。具体的に何故かは分かりませんが、正月らしさを感じなくなりました。酒もあまり飲まなかったし・・・。
昨日近くの多井畑厄神に厄払いに行ってきました。誰かと一緒に行くとその人に厄が移ると言われたので一人で歩いて行ってきました。車でなら5分くらいですが、歩いて行くと20分くらいはかかります。それでも寒風の中歩いた方が厄払いの効果も高くなるのではないかと思い、汗をかきながら歩いて行ってきました。そんなことを考えるのもおっさんになったからかなぁ。
毎年思うことですが、今年は本当に勝負の年になると気を引き締めている今年前厄の私です。
先週末とうとうデビューしてしまった。
非常に嫌な予感がする。
これはハマってしまいそうな気がする。
これ(http://www.p-n-m.net/)を見たら、これしか無いと思ってしまった。
持ってしまうとたまらなくいい。
字を書く必要がない時も持ってしまっている。
メモですら丁寧に書いてしまう。
意味も無くメモに自分の氏名を書いてしまう。
これは危険だ。
でも悪筆だから筆を選ばなければならないのだ。
そう、だから正しいのだ。仕方が無いことなのだ。
