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今朝、携帯電話に届く物騒なニュースに起こされた。
この日は毎年社業を見守ってくれるよう手を合わすが、今年は世界を平和に導いてくれることも念じた。

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うちのじいさんにそんな力があるかは分からないけど。
弊社創業者である祖父の29回目の命日。

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あれから干支が一回りした。
あの日も今日みたいに晴れて暑い日だったことを覚えている。
5歳違いの兄貴より6つ半上になったけど、どういう訳か常に5つ上にいる感じがする。

12年前、みずおかさん俊一さんが参議院議員選挙に立候補された。
みずおかさんには立候補の前から兄弟揃って親しくしていただいていたので、兄貴も後援会活動等熱心に応援していた。
ところが投票日約2ヶ月前に兄貴が突然逝ってしまった。
急に社業の責務が重くなった私を気遣い、みずおかさんは後援会の兄貴の役職について私に引き継がなくてもいいとおっしゃってくださった。
しかし私自身もみずおかさんを応援したい気持ちが強く、兄貴の分も引き続き応援させていただくことにした。
当選後すぐに線香をあげにきてくださったみずおかさんのことを私は勝手に同期だと思っている。
みずおかさんの参議院議員としての12年と私の代表取締役としての12年。
今年みずおかさんの3回目の選挙がある。
現在のところかなり苦戦している状況なので、私も全力で応援する。
国政の場で奮闘されているみずおかさんの姿に励まされ、社業・業界の発展に力を注ぐことができている私は、みずおかさんをどうしても国政の場に送らなければならないのだ。

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とても濃密な12年間だった。

兄貴とは公私に渡り仲が良かったが、この12年の間にどうなっていたか分からない。
もしかしたら事業の方向や経営の方針でもめていたかもしれない。
命日に発売されたこの雑誌を兄貴はあの世からどんな気持ちで読んでいるのだろう。

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今日は親父の命日。
あれから7年。
昨年には愛妻がそっちへ行ったから喜んでることだろう。

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死んだらどうなるんだろうと思ってたけど、今年の初夢で謎が解けた。
おふくろ曰く
「痛さも辛さも、怖さも悲しさも、腹立たしさも情けなさも感じなくなってよかった。でも楽しさも美味しさも、嬉しさもありがたさも感じなくなった。間違いなく生きてる方が幸せ。」
ということ。
そりゃそうやな、マイナスから逃れてプラスだけ手に入れることはないわな。
生きてる価値をあらためて教わった。
夢やけど。

言わぬが花、負けるが勝ち、過ぎたるは及ばざるが如し、短気は損気・・・。
知ってる。
でも違うものはやっぱり違うから認める訳にはいかない、という頑固さは親父に似てきたようだ。
それで一時的に損することがあっても長期的に考えればいいんだと思う。
違うものは違うと言い続けるから冤罪に巻き込まれることもないだろうし。
もちろん自分の誤りを認めた場合はすぐに謝ることもできる。
末っ子なので。

俺も昭和42年生まれ、俺も寂しい、でも俺は大丈夫。
何のこと書いてるか来年分かるだろうか?

7年前、俺が一人三宮でフラフラ飲んでる時に親父は逝ってしまった。
今日もフラフラ飲むとするか。

僕が生まれて一家は5人になった。
先週その一家は1人になった。

僕が小学2年生の8月31日の夕方に、夏休みの宿題のため川の上流と下流の石を拾いに連れて行かれたこと。
高学年になると神姫バスの座席でどちら側に座るとおふくろを守れるか悩んでいたこと。
保護者懇談会のたびに「言っても聞かない時はどんどん殴ってください」と先生にお墨付きを与えていたこと。
鯨の皮を具材にした粕汁。
コロッケ。
中学入試の日に須磨駅前の店で一緒に食べたオムライス。

先週月曜日の海の日、文具大賞機能部門のグランプリを受賞したことが掲載された雑誌を持って見舞ったのが最後だった。
とうとう誰の死に目にも会えなかった。

土曜日に通夜、日曜日に密葬を終えた今週月曜日、連絡しなかったことを叱られると覚悟して社(やしろ)まで報告に行ったが、おふくろが見舞いに来た叔父に密葬にするので誰にも連絡しないと言っていたらしく、叱られることもなかった。

医師には一切の延命治療を拒んでいた。
最後まで明晰だった。

2015年7月24日(金)14時56分武部はるみ死去。
享年80。
肺気腫だった。
でも最後はそれほど苦しまなかったようだ、恐らく心臓がもたなかったのだろう。
安らかな顔だった。

3人の息子のうち2人に先に逝かれた。
孫にも1人先に逝かれた。
僕はちゃんと見送った。
それだけ。

僕の中にあの人の血が流れていることを心の底から誇りに思う。

十年

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あれからちょうど10年。
あの日のことは今でもハッキリ覚えている。
一昨日の昼食のメニューは全く思い出せないが・・・。
十年一昔という言葉も確かにあるが、秒進分歩の世界の中にいれば10年前なんて遠い遠い昔だ。
しかしこの10年が3652日であって、1日が24時間だったこと、1時間が60分であったことは間違いのない事実。
10年は10年。

祖父が創業し、父・兄を経て引き継いだこの会社は確かに印刷会社。
しかし私が代表取締役に就任した10年前から一貫して言い続けていることは、印刷物を作ることを「目的」にした会社ではないということ。
印刷物を作ることは一つの「手段」であり、我々の目的はお客様の情報発信を最適な形でプロフェッショナルとしてお手伝いすること。
一言で「印刷もできる印刷会社」と言い続けてきた。
そしてモノ作りへのこだわりの姿勢を保ち、サービスも含めたあらゆる高品質を追求するということも社内へ向けて言い続けてきた。

私はさそり座。
占い師によると中でも私は執念深いらしい。
10年言い続けてようやく社内全体に高品質を追求する姿勢が見えてきた。
今までも決して疎かにしていた訳ではないが、さらに高いレベルで取り組むようになった。
品質さえ良ければいいと考えている訳ではない。
しかし品質が良くなければ何も始まらないと考えている。
オフセット印刷をはじめとした紙媒体やシステム開発を含むデジタルコンテンツの品質はもちろん、高品質な新商品開発、総合的なサービスの品質も高いレベルで安定的に提供しお客様への役立ちを果たさなければならない。
我々は価格競争ではなく、価値競争の中で社会に必要とされる集団として生き残りたいと考えている。

代表取締役に就任して10年。
新しい技術・新しい設備・新しい人材との出会いを大切にし柔軟性を持って取り組んできたが、根本的な方向性は全く変えずに取り組み続けることができた。これは本当に幸せなこと。
そしてこれからもあらゆる高品質をモノ作りへのこだわり持つ社員のみんなと一緒に追求していきたい。
ニッポンの製造業者としての誇りを持って。

10年経ってまだ社長らしくならない私をきっとあの世から笑っているんだろうな。
伸也はあの時41歳だったのか・・・すげぇな。

好き!

武井咲
吉瀬美智子
水川あさみ
黒田知永子
岡部まり
綾瀬はるか
長沢まさみ
上戸彩
檀れい
水沢蛍
ミムラ
内田恭子
六車奈々
加藤綾子
中田有紀
西尾由佳理
LIZA
麻生久美子
紺野まひる
竹内海南江
キャプテン渡辺

先週末テニスデビューを果たしました。
親しくさせていただいている参議院議員のみずおか俊一さんから、健康のためにテニスを一緒にしようと誘っていただき、43歳にしてテニスを始めることになりました。

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その前の週末トアウエストにあるテニスショップに行き、
「今の世界ランク1位は誰?ナダル?じゃ、ナダルちょうだい。」
と言った私は、そうです大バカ者です。
ラケットはもちろん、帽子からウェア一式、シューズ、バッグ、リストバンドに至るまでナダルモデルで揃えました。はい、どアホです。
私みたいな奴がいるからスポーツメーカーは多額のスポンサー料を払ってもスター選手と契約するのですね。

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でもゴルフと同じ過ちをしてしまいました。ウェア類はいいのですが、道具、つまりゴルフではクラブ、テニスではラケットは同じメーカーでも初心者向けの方がいいのでした。
はい、ゴルフは全てタイガー・ウッズモデルで揃えています。

それにしてもテニスも楽しいですね。とても難しく、うまくはいきませんでしたが、皆さんが優しく上手に教えてくださったので、続けていきたいと思います。
高価な道具を揃えるという先行投資もしたことですし、運動の後のビールも美味しいですし。

先日の誕生日にはトレッキングウェア、ゴルフウェア、テニスウェア、万歩計、ボクシンググローブと運動にまつわるプレゼントを多くいただきました。

多くの方に健康を気遣っていただいています。
いつもいつも多くの方に気遣っていただいています。
本当に心から感謝しています。ありがとう。

先週末とうとうデビューしてしまった。
非常に嫌な予感がする。
これはハマってしまいそうな気がする。
これ(http://www.p-n-m.net/)を見たら、これしか無いと思ってしまった。
持ってしまうとたまらなくいい。
字を書く必要がない時も持ってしまっている。
メモですら丁寧に書いてしまう。
意味も無くメモに自分の氏名を書いてしまう。
これは危険だ。
でも悪筆だから筆を選ばなければならないのだ。
そう、だから正しいのだ。仕方が無いことなのだ。

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あけましておめでとうございます。
正月が正月らしくなくなったと感じるのは私だけでしょうか?
おっさんになっただけなのかなぁ。何だか正月らしさを感じなくなってしまいました。具体的に何故かは分かりませんが、正月らしさを感じなくなりました。酒もあまり飲まなかったし・・・。

昨日近くの多井畑厄神に厄払いに行ってきました。誰かと一緒に行くとその人に厄が移ると言われたので一人で歩いて行ってきました。車でなら5分くらいですが、歩いて行くと20分くらいはかかります。それでも寒風の中歩いた方が厄払いの効果も高くなるのではないかと思い、汗をかきながら歩いて行ってきました。そんなことを考えるのもおっさんになったからかなぁ。

毎年思うことですが、今年は本当に勝負の年になると気を引き締めている今年前厄の私です。

一昨日の日曜日、今年で5回目の出場になるフットサルの大会がありました。昨年の同時期にも優勝を目指しつつ残念な結果になってしまった報告をしたのですが、今年も同じことになってしまいました。
1試合目は攻守ともバランスよく5-0で圧勝。午後に行われる決勝トーナメントに備えて用意していたおにぎりも役立つように思えました。周りを見渡すと以前よりも平均年齢の若いチームが多くなった印象はありましたが、中には女の子ばかりがキャーキャー言いながらやっているチームもありましたし、ジーンズのまま試合に出ている兄ちゃんがいるようなチームもありましたから、2試合目の相手次第では楽に決勝進出できるのではないかとチーム全員が考えていたと思います。
そうこうしているうちに始まった2試合目の相手の試合。我々はその試合を見ることができましたので、じっくり観戦をし分析を行いました。チームの平均年齢は我々より7、8歳は若い印象でしたが、力の差はそれ程あるようには感じられませんでした。もちろん楽に勝てる相手ではないと気を引き締めなおしましたが、勝てる相手だと自信を持って試合に臨みました。
しかし実際試合が始まってみると、下半身の重さやスピードで相手の方が一枚上で、序盤から防戦一方になる展開に。コーナーキック等から2失点し嫌なムードになりかけましたが、前半終了間際に1点を返し、大いに望みが持てる状態で後半を迎えました。
相手チームは1試合目に我々が下した相手に6点以上の差をつけて圧勝していましたから我々は勝つ以外に決勝トーナメントへの進出の可能性はありません。引き分けでもいい相手に対し、我々は必死の攻めを続けます。ボールが外へ出れば控えている選手が懸命にボールを追い素早くフィールドへ戻し、時間のロスを最小限に食い止めます。フィールドの中の選手も外の選手も鬼の形相で声を張り上げ、相手と時間と戦い続けました。しかし無情にもタイムアップのホイッスル。結局1-2のまま敗北となってしまいました。
結局今年も餃○の○将での食事は残念会となってしまいました。

でもスポーツって真剣にやればやるほど楽しいですね。今年もまた同じことを書きますが、「来年こそ優勝します」参加チームの中では1、2位を争うほど平均年齢が高いチームですが、真剣に優勝を目指します。

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