更生

奈良での痛ましい事件の被告の死刑が確定した。事件直後には表しようもないほどの怒りと悲しみを覚えた。被害者と同じ年代の娘を持つ父親としても、被害者の両親の心中を察することは容易なことではない。想像しようとしたしただけで胸が締め付けられる。
死刑の是非は別として、被害者が一名の殺人事件に極刑が言い渡されたことは救いにも何もならないせめてもの救いである気がする。妙な日本語であるが・・・。
その判決理由の中に「30代後半の壮年の域にある被告が人格を矯正、更生することは極めて困難」というものがあった。被告と同年代の私としては大変複雑な心境。ひとくくりにして欲しくない。私はまだまだ変わっていきたいし、間違いは正していきたい。もちろん内容や深さが違うことは分かっているが、人間は変わることができる生き物であると信じている。
前述の通り判決に異を唱えるつもりもないし、その立場でもないことを書き加えておく。

コメントを残す

*

CAPTCHA