2011年5月アーカイブ

少し前に同年代の俳優の自殺のニュースがあった。名前を聞いてもピンとこなかったが、写真を見るとよくドラマで見た顔だった。最近のものにも出ていたし、ニュースによると多くの仕事を抱える活躍中の俳優だった。

40歳を不惑だと思わない。むしろその逆なのではないだろうか。勢いのある20代やそれまでの財産を使いながら実績を積み上げた30代に比して、40代は実は迷いを深める年代なのではないかと思う。現に私の周りの同年代はとても深刻に悩み、集中できず伸び悩んでいる者が多い。

先を見てしまうのだろうか。20代の頃は先が少々暗かったり、霧の中にいるようにぼんやりとしか見えなかったとしても走り切る勢いや勇気があったし、30代では着実に足元を見て前進して行けた。
しかし40代になるとふと顔を上げてかなり先の将来についてまで考えてしまうのだろう。その時は自分のことだけでなく周りのことも考えるので、少しでも不透明な部分があれば強烈な不安に襲われ、自分が積み上げてきたものに対しても自信を持てなくなるのではないだろうか。

でも、20代のときにも30代のときにも悩んできたはずではないか。だから大丈夫だ。50代になれば40代のときの悩みがバカバカしく思えるだろうし、60代になればそれまでの悩みが無邪気に思えるだろう。それ以降になれば懐かしく感じ、悩んでいた頃の自分を羨ましく思うことになるに違いない。

だからと言って悩みから逃げてはいけない。悩みぬくからこそ懐かしむこともできるのだ。

少し歩くと息が切れる、階段でつまずく、小さな字が読みにくい、傷の治りが遅くなる、酒が翌日に残る、サーロインよりヘレの方がよくなる。
先輩たちが通ってきた道。自分だけが衰える訳ではない。自分だけが悩んでいる訳でもない。前を見すぎて不安になるのだったら、視線を足元に戻し一歩先だけを見ればいい。いつか聞いたことがあるマラソン選手の言葉にあった「あの電柱まで」と同じように。

誰に対するエール?俺?
いやいや俺はそんなに悩んでへんで。
でも「落ち込んでるわぁ」という奴に落ち込んでいる奴はいないし、酔っ払ってる奴に限って「全然酔うてへんれぇ」と呂律が回ってないな。

茨城県で被災した筑波大学の学生たちが自分たちも他の被災者の方々に対して役立ちたいと考えた。
彼らは芸術専門学群に所属する学生なので、芸術に関する役立ちについて考えた。彼らが出した結論は「ぬりえ」だった。
ぬりえには心の安定を保つ効果があるようなので、続く余震の中での避難所生活でストレスを溜め続ける人たちの気持ちを少しでも穏やかにできればと考えた。同時に子どもだけではなく、お年寄りにも脳の活性化を促すなどの効果も期待できるようなので、広い世代に役立てると考えた。

ぬりえ日本(http://www.nurie-nippon.jp/)

学生は絵を描くことはできる。しかしそれを大量複製して被災地へ届けることはできない。そこで絵が下手な神戸の印刷屋のおっさんの登場。印刷は任せておけ!紙は紙屋さんに余っている紙をもらい、材料は良心的なベンダーから無償提供を受けたので、我々は印刷関連の労働と運送料を提供したのみ。色鉛筆やクレヨンも賛同いただけた企業からの提供によるものなので多くの人や企業が学生たちの思いに共感したということ。

その学生たちが先日石巻市と気仙沼市の避難所を回ってきた。ぬりえを持って。
実際に目にする被災地の状況は想像以上の悲惨さだっただろうし、そんな中ぬりえを持って回るのも少し気が引けながらだったのではないかと推察していた。
しかし彼らからの報告によると子どもたちは一所懸命にぬりえに取り組み、未就学児もそのお兄ちゃんお姉ちゃんたちも笑顔に包まれ、周りに気兼ねするくらいの笑い声が起こる温かな時間が流れたらしい。
お年寄りたちが暮らす避難所においては、最初興味を示さなかった男性たちもおばあちゃん達と若者の楽しそうな会話の輪の中に入ってきて、ぬりえをしながら昔話を聞かせてくれたり大変楽しい時間を過ごしたようだ。

しかし彼らは悩んでいる。また来ることを期待されたり、予想していた以上にぬりえをすることを楽しんでくれた姿を見れば、この活動をどれくらいの規模でいつまで継続すべきなのだろうと悩んでいる。学業も疎かにできないと悩んでいる。
私はできるだけのことをできる間続ければいいと思っている。ボランティア活動の専門家等に言わせるとそれではいけないのかもしれないが、困っている人たちの要求があれば自分にできる全力を尽くすということがただ一つの正解だと私は思っている。
大きなことはできない、長い間はできない。だから小さなことをしない、短い期間だからできないということは決して正しいとは思わない。
命に直接関わる医療関係の方々はそういう訳にはいかないかもしれないが、我々にはできることをできるだけの間やるということが大切であり、たとえそれぞれが小さな取り組みであったとしても寄せ合ったり引き継いだりして輪を広げていければいいと思う。

彼ら学生はいい経験をした。自己満足ではなく真剣に被災者の方々のことを思い、必要とされるところに赴いた。そして被災地の人たちは楽しいひと時を過ごすことができた。それ以上のことがあるのだろうか。
その報告を聞いて少しでも手助けできた我々も嬉しい気持ちになった。

先日も宮城県のある方からヘドロや瓦礫のため園庭で遊べない幼稚園児のためにぬりえを送って欲しいという依頼があった。嬉しい限り。これからも絵が下手な神戸の印刷屋のおっさんにできることをやりたいと思っている。

ぬりえ1.jpg

ぬりえ2.jpg

ぬりえ3.jpg

ぬりえ4.jpg

明日から行く大連で日本人のたくましさ、思いやりの深さを自慢してこようと思う。

節目

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前回の更新からちょうど2ヶ月も経っている。
その間の大きな出来事には心痛めるのみでまだ言葉にできない。
ひたすら正義があることを祈るのみ。

今日は兄貴の命日。あれから7年が経った。ということは私が社長になって7年が経った訳である。
今年に入ってから初めてプレッシャーやスランプという類のものに包まれた。と言っても残念ながら完全にハマってしまうほど繊細ではないようで、何度か落ち込もうとして一人酒をあおりに街に出て映画やドラマのように渋く深い溜息をつきながら飲もうとするのだが、結局店の大将とバカ話を大声でしたり、隣の酔っ払いのおっさんと意気投合したり、マスターと昔の武勇伝を競い合ったりといつも楽しい酒になってしまう。

印刷物を作ることが我々の会社の目的ではない。我々の目的は情報発信者の意図をくみ取り、受信者へ正しく伝わる表現方法を提案し作成すること。印刷物を作成するのはその一つの手段に過ぎない。
同時に製造業である我々は情報表現についての全てに高品質でなければならない。モノ作りの基本に忠実でなければならない。
これらのことがハッキリ分かっているからやっぱり落ち込める訳がない。

先ほど墓参してきたが、今年は既に何度も墓前に足を運んでいる。
それを考えるとやはり今年は色々悩むことが多かったのは事実だろう。
でももう大丈夫。自分を客観的に見られるし、進むべき方向もやるべきこともハッキリ見えている。

大和出版印刷株式会社四代目社長の8年目が明るく始まる。

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