2006年5月アーカイブ

先週一週間このブログの更新を怠ってしまった。誰に対してって訳じゃないけど気まずいもんだ。大変忙しくさせてもらっていたというありがたい理由もあるのだが、何となく精神的に不安定な時期を過ごしていた。
ワカメで埋め立ての夢の頃からだろうか、やたら死んだ兄貴のことを思い出すことが多く、寝る時など自分の心臓も止まってしまいやしないかと不安になることも多かった。命日に兄貴と長い付き合いのあった人たちが集まってくれ偲ぶ会を開いてくれた。色々な思い出話をし、たくさんの人たちが兄貴の死を今でも悲しんでくれた。そんな中共通の友人がこの日のために一所懸命練習してくれ、兄貴が好きだった高中正義の曲をギターで弾いてくれた。感動した。そんなみんなの思いと、会社を引き継いだ私を支えようとしてくれる気持ちに打たれっぱなしの私の心だった。嬉しさや責任の重さが私を妙な精神状態にしていったが、仕事に影響してはいけないと思い続けていた。そう強く思えば思うほど、仕事から離れた時とても不安定な状態だったと思う。しかし、客観的に自分の状態を考えることに努めていたので見失うことはなかったはず。
先週兄貴の誕生日があり、奴の写真を持って会社の連中と飲み歩いた。その日に何故かもの凄く楽になった。どうせ毎年この時期には兄貴のことを思い出してこんな精神状態になるんだろうと思えた。早死にしたことはとても残念なことだけど、その分長く思い続けてやることができるんだと。何故かそう思えた。
いつもにも増して乱文だ。でもお構いなく公開してしまう。垂れ流し失礼。

最近あまりプロ野球中継を観なくなったが、結果は気になるのでスポーツニュースは必ずと言っていいほど見ている。先週の土曜日のスポーツニュースを呆けて見ていたら、とんでもない映像に出くわした。オリックスの平野恵一内野手のプレイだ。見た方も多いと思うが、あれこそ正にプロのプレイ。一つのアウトの重みを恐ろしいほどの衝撃で思い知らせてくれた最高のプレイだった。私は今まで辻発彦という選手が最高のセカンドだと思っていたが、あのプレイで認識を変えた。地元チームであるにも拘らず初めて聞く選手だったが、彼はあの1プレイで私の中のベストセカンドプレイヤーになった。
大怪我を負ってしまったようだが一日も早い復帰を心から祈っている。そして彼が復帰すれば球場に足を運びたいと思っている。
最近涙腺が緩くなった。スポーツニュースにすら泣かされる。

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今日は兄貴の三回忌。あれから二年が経ったんだ。一年目の365日はとても早く感じたけど、この365日は450日くらいに感じる中途半端な長さだった。両年ともうるう年ではなく、間違いなく365日だったのだけれど、長さの感じ方は違うものだ。

先日家族で三回忌の法要を行ったとき、甥である兄貴の息子が形見の腕時計をしていた。時を刻むものが受け継がれていく様がとても嬉しかった。そういえば長く兄貴を慕っていたうちの社員に形見である別の腕時計をプレゼントしたのは昨年の今日。奴はベルト交換する金が無いという理由で、未だに一度もその時計をしていない。何て野郎だ。

今日私は何年も前から欲しかった時計を買う。機械式のその時計は表からその一部を見ることができ、正確に時を刻もうとする鼓動が伝わる。私は時計や車にはそれほど頓着が無かったのだが、周りに時計に関する薀蓄を何時間でもしゃべり続ける時計オタクが多く、次第に時計が好きになってきた。法要の際この話をするとおふくろが「やっぱりおじいちゃんに似てきたなぁ」と。祖父は大の時計好きだったらしい。確かに祖父の遺品に時計は多かったが、どれもさほど価値のあるものではなさそうに見えた。おまけに金色のものばかりで、いただいて使おうとは思えなかった。しかし、祖父の腕で時を刻んでいたものだと思えば、今のうちにいただいておいて金が似合う正真正銘のおっさんになってから使わせてもらうことにするか。

私は自分の人生が長いか短いかは知らない。生まれ変わることがあるかどうかも知らない。だから短く生まれ変わりの無いものと思っておいた方が無難だと思い、そのように生きているつもり。
かみさん名義の積立を潰して買う時計で、一年を365日と感じるしっかりと正しい時間を過ごしていきたい。

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